ヤン・シュヴァンクマイエル

もう3日前になりますが、

 

ヤン・シュヴァンクマイエル監督の

サヴァイヴィング・ライフ ‐夢は第二の人生‐』を観てきました。

 

 

前回観た『悦楽共犯者』みたいに、

キッチュでナンセンスでニヤリとして、

でも、嗚呼、頑張ろうって思えるのかと思ったら、

観終わったら悲しくなってしまうものでした。

 

冒頭で、ヤン氏自ら出演し、

「予算がないからほぼアニメにした」だの

「キャストのギャラを大幅に削った」だの

「コメディなのに今編集中だが笑えるところが一か所もない」だの

「時間稼ぎに出演してみたが、いま2分半しか喋ってない」という、

楽屋オチに似た言い訳を始めるのは、

何だか正直者さと皮肉屋加減がにじみ出ていて、

私、嫌いじゃない、この手の内をバラす感じと思っておりました。

 

でも観終わって。このプロローグに納得してしまった。

 

あまりに真摯に真面目に悲しくて。

ああいう始まりにするしか監督の気持ちの行き場がなかったのかな。なんて

ちょっとこの衝動というか昂ぶりを抑えるためにああいう事したのかな。なんて

大変好意的な見方をしてしまいました。

 

 

あるおじさんの夢の中に女の人が出てきて、

「ミラネ?(ミラン?)」と呼ばれる。

自分とは違う名前だが、心惹かれ彼女の家に行く。

 

そこで目覚まし時計。現実に引き戻される。

 

でもまた彼女に会いたい、会いたい、会いたい。

 

本屋で夢についての本を探したり、

精神科医にカウンセリングに行ったり。

どうにかして彼女に会いたい。

 

彼はとうとう会社もやめて、

夢を見るためだけのアトリエを借り、

誰にも邪魔されることなく、

彼女の夢を見る事に成功するのだが。。。

 

もうね。

真面目。

悲しい。

ナナメから見れないの。

ストレート。

 

誰もが抱えているかもしれない、

無意識の心の黒い点みたいなシミが、

じんわりじんわり表に広がってくるという印象。

 

おじさんの気持ちも切ないけれど、

奥さんの気持ちも切なくてね。

 

観る人が観たら悲しくはないのかもしれないけれど、

私には『良かったんだけど、良くなかったのかも』っていう、

『良くなかったのかもしれないけど、良かったのかも』っていう、

何ともいえない気持ちになって。

でもやっぱり現実を真っ向から生きていこうって事なんだろうな。

 

観終わったあと、一人で観に行ったので、感想を言い合う人もおらず、

この気持ちの持って行き場がない状態で。

おおっぴらに「わー!」と雄叫びをあげるというよりか、

「んー!んー!」と口を閉じたまま叫びたいという状態で。

 

そのままスーパーに入り、

お魚を買うだけが、

気付けば6000円位買い物していて。

びっくりしました。